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Interview【ハーバード・ビジネス・スクールオンライン特集記事】
組織の能力を最大化するために今、日本に必要なリーダーシップ
~HBSでの学びや経験から求められる資質を考える~

熊平 美香
昭和女子大学キャリアカレッジ学院長
21世紀学び研究所代表理事

有馬 充美
2018 Harvard Advanced Leadership Initiative Fellow
「一瞬一生の会」主宰
2022年2月、アビタスは日本国内の企業で初めてハーバード・ビジネス・スクール(HBS)と提携を結びました。提供するLeadership Principlesコースは、⾃分⾃⾝やメンバーの可能性を引き出し、高いパフォーマンスを発揮するためのチーム育成について学習するオンラインの修了証コースです。世界のトップレベルのリーダーシップ教育を学ぶことで、どのようなメリットがあるのか。また企業はグローバルビジネスを推進するために、どのように人材を育成していくべきなのか―。自身もHBSを卒業し、リーダーシップや人材育成の領域で活躍する熊平美香氏・有馬充美氏にコースの意義や日本が抱える組織の課題についてお話いただきます。
- 意思決定の精度を確実に上げたHBSの学び
- 現実に即した学びになるよう進化したコース
- 変革を生み出すための“対話力”に日本の課題
- 組織全体での学びが組織の変革をもたらす
- 「多様な意見を受け付けない」「会社全体のつながりが見えていない」ことは日本企業の成長を妨げてしまう
- リーダーは「正解」を知らなくて良い‐「本質」をメタ認知することで環境の変化に対応する
1. 意思決定の精度を確実に上げたHBSの学び
現在のご自身のリーダーシップのあり方や価値観に影響を与えた出来事・エピソードを教えて下さい。

有馬やはりHBSへの留学が最も自分のその後の価値観に影響を与えたと思っています。マーケティングやファイナンスのようなテクニカルな知識を学んだことだけでなく、それ以上に、歴史や環境といった文脈を捉えることができるようになりました。今まで自分が常識と思っていた前提が長期的な目線で見ると必ずしも常識でもなく、さまざまな環境の要請によって生まれたものであったこと、例えばピラミッド型の組織なども通信手段が未熟な時代に鉄道のような広域でオペレーションを行うために生まれた組織形態であったことなどです。当時と比べると通信手段は格段に進歩したわけですから、組織のあり方もそれにあわせて見直していけば良いのだと学びました。HBSではそのような歴史も学ぶ機会があり、それによって自分が囚われている枠に気づけたと思います。また、先生方の物事を抽象化する力やまとめ方のレベルが高く、非常に印象に残っていますね。卒業したあともずっと頭にひっかかっている問いや気づきを多く貰えたと思っています。その時には解決しなかった問いも、10年・20年経って「あの時先生が言いたかったことはこういうことだったのか」と腑に落ちたものもあり、その後の自身のビジネス経験と照らし、答え合わせをしているような感覚です。そのような意味でも、留学は私にとっては一番大きな出来事だった感じがしますね。
熊平もちろん私もそうですね。HBSに留学していなければ今の自分はいないと思っています。私が留学した理由の一つが「リーダーシップを学びたい」というものでした。対象の授業を受けた際に先生から「誰かのマネをしてもダメだ」「人は猿真似にはついてこない」と言われたことが印象に残っています。
まずは自分をしっかりと理解した上で、自分のリーダーシップスタイルを作っていくことが重要であり、「私自身のリーダーシップとはなにか」という大きな問いを持って生きることになったことは、とても大切な学びでした。
また、何かの意思決定を行う際に環境分析から始めることを意識できるようになったことが大きいといえます。ケーススタディでは、環境や業界特性などを理解した上で、自社や顧客に目を向けることで、良質な意思決定が行えることを学びました。このため、例えば、教育改革の方向性を検討する際にも、環境がどう変わるのか、新しい環境ではどのような人材が必要なのか、というロジックで考えることができるようになりました。
環境の変化を理解するためには、過去から現在までを振り返る必要があります。だから、HBSの受講生は、全員リフレクションを当たり前に行っています。
有馬それは本当にそうですね。私の現在の活動でも「リフレクション」を大事にしています。
私が留学したときはバブル崩壊直後だったのですが、それでもまだ日本から来た留学生の中には「だからアメリカはだめなんだ」というような論調も多かったです。その時私は「こんなにおごっていて大丈夫なんだろうか。」と少し心配に思っていました。
そして案の定、その後20、30年間「失われた時代」となりましたが、本当の意味で我々がその成功と失敗をリフレクションできているかどうかは怪しいように思います。
熊平日本でも、リーダーはビジョンを語ることが期待されています。しかし、本物のビジョナリー・カンパニーでは、リーダーが、自社の課題のなかでも最も厳しい課題を直視し、対話を通してビジョンを形成します。根本的な課題が解決された先にある未来がビジョンです。しかし、日本では、ビジョンと、根本的な課題解決の関係性について語られることはありません。これは、日本のリーダーシップの問題の一つだと思っています。
有馬やはり自分の限界に向き合い、外から学ぼうとする姿勢が重要ですよね。HBSでは卒業してからもそのような機会がいろいろと与えられています。エグゼクティブ用のプログラムもありますし、5年毎のリユニオンやオンラインのウエビナーなどさまざまな機会やコミュニティがあって常に最先端の研究成果がどのようなものなのか、コミュニティの参加者がどのように対応しているのかを学んでいます。自分自身をアップデートしていくことが重要ですね。
2. 現実に即した学びになるよう進化したコース
アビタスが提携したLeadership Principlesコースはいかがでしたか?
有馬私達が在籍していたときと比べると、教える内容にもいろいろな変化があり新鮮でした。私の頃はリーダーシップを明示的に教えるコースはなかったように記憶しています。ストラテジーやマーケティング、ファイナンスといった知識を教えること(Knowing)が主眼でしたが、今はそれらの知識をどのように使うのか(Doing)、その知識を扱う主体である自分自身の価値観や人間関係上の強み・弱み(Being)をしっかり認識することにも力をいれているようです。
熊平統率型ではなくなり、エンパシーをとても大事にするようになった点などは大きな変化の一つですね。リーダーに期待される成果は変わりませんが、その機能を果たすために時代によって求められているものが変わります。それに合わせてリーダーシップ養成プログラムも変わってきている、という印象を受けました。
有馬環境が変化するなかで求められるリーダーシップのスタイルも変わってきたのでしょうし、更には個人や組織に関する心理学的な面からの研究が進んだことも関係しているのかも知れません。Leadership Principlesでは、私達が在学していた際と比べると、ケーススタディという形式は同じでも、自分が実際部下を前にどのようなスピーチを行うのかを動画でアップロードしたり、それを見たクラスメートからフィードバックをもらったり、或いは自分の価値観や経験を言語化したりと色々なオンラインならではの学びの工夫が見られます。
熊平コンテンツの内容でいうと、文章で読むケーススタディもいいですが映像のパワーはすごいですね。ケーススタディを映像で視聴することで疑似体験ができるので、とても面白いアプローチだな、と思いました。
有馬そうですね。ケーススタディを文字で読むと何にフォーカスがあたっているのかが推測できてしまう。誰かが言語化していると、その人のフィルターがかかった状態で読むことになりますが、映像だと自身で状況を汲み取る能力が求められます。スキルとしてより現実的に学べるようになっていると感じます。
また、今回のプログラムでは個人として組織に貢献する段階からチームとして個人の和以上の力を引き出すマネージャーやリーダーへの「移行」がとても強調されていました。マインドセットやスキル等がそれまでと全く違うことが強調されていましたね。
私自身もこれまで担当者として実績を上げていたときから、チームを率いて成果を出さなければならない、となったときにさまざまな葛藤や苦労がありましたが、今回のプログラムでそのような局面で必要となる考え方を学んだり、自分の価値観を見つめ直すことができるのはとてもいいことだと思います。
- 世界中から受講生が集まるグローバルなクラス編成
- 動画を中心とした臨場感のあるオンライン学習
- 受講生同士の相互学習とネットワーク構築
- 実在のリーダーが直面した企業のリアルケースを用いて解説
3. 変革を生み出すための“対話力”に日本の課題
日本とグローバルでのビジネスの違いや苦労したこと、課題と感じる点はどのようなことでしょうか?
熊平留学から日本に帰ってきた時、ビジネスの世界も社会もがアメリカ化というかグローバル化が加速していて、それは、HBSで学んだ欧米が日本に負けた理由に通じるものだったので、当時は失敗する道なんだけどな、とすごく残念な気分でした。日本企業は、我々自身の文化や歴史を踏まえた上で、日本型経営を支えた大切な価値観や行動様式について議論も、リフレクションも行わないで、欧米化を進めていきました。その様子を見ながら、日本型経営のよさが次々と捨て去られているように見えました。
自分たちの経営の特性や強みを俯瞰して、メタ認知することができていないことが原因だと思います。つまり、それは、リーダーがリフレクションをする習慣を持っていないことを意味します。一方で、当時の私は、日本に帰って来た際に、日本のリーダーたちから、「なぜだめになったアメリカのビジネスを学んできたんだ。そんなものは何の役にも立たない」と何度も言われたことを思い出します。今思い返すと、HBSでアメリカ人のリフレクションに参画していた私の方が、日本型経営の魅力を、当時の日本のリーダーよりも客観的に捉えられていたのではないかと思います。
有馬やはり語るべき自分の言葉を持つことが重要ですね。海外では「あなたの意見はどうなのですか?」と聞かれることが多いのですが、普段から考えていないと即座に返答できません。その点、海外の人達は日常の議論を通して考えているからスムーズに自分の意見を表明できているという印象を受けます。
逆に留学から戻ってきたばかりのころは、その癖が染み付いて、会議の際には絶対になにか発言しないといけないと思って、少々浮いた存在になってしまいましたが・・・。
熊平私も同じで、留学時は本当に控えめな人と捉えられていましたが、日本に帰ってきてからは最もアグレッシブな人間というように見られてしまい、率直に発言することで驚かれることも多くありました。
有馬日本にはビジネス面でも芸術面でも素晴らしい伝統や文化がありますが、それがなかなか言語化されていません。例えば、茶道のお稽古も日本では先生のお点前を手本に基本的な所作を繰り返すことで学びますが、留学中に参加したお稽古では、生徒が「なぜそのようにするのか」をことある毎に質問し、先生がそれに答えることで、生徒は茶道のお点前をかなり体系的に理解しているようでした。日本の学校でも取り入れられ始めている「アクティブラーニング」的なアプローチも日本の茶道や武道の学びと通じるところがありますが、それらの経験を通じた学びをどのように抽象化、一般化するかのところに課題があるように感じます。
目に見える関係性のなかで脈々と伝えられてきたことを、グローバル化して多様化した文脈のなかで共有する必要がでてきました。そのためには言語化することが非常に重要ですが、日本では言葉というか概念づくりがあまり上手ではない印象を受けます。
熊平普遍的な法則を見出すことは一人では無理なので、やはり対話が必要なんだと思います。日本では、経営や社会のリーダーが、大きく物事を動かすために必要なコンセンサスを形成しようとしません。コンセンサスを作り上げるために必要な、粘り強く対話を重ねるリーダーがとても少ないです。
例えば、私がHBSを卒業した1989年に、当時日本に負けていたアメリカの製造業の再生を願いMITの研究者がMade in Americaというタイトルの報告書を出版しました。この報告書を作成したのはMITの研究者ですが、研究の過程で、様々な立場のリーダーたちが、その文脈で対話を重ねているため、この報告書は、アメリカの産業界における、共有ビジョンの形成に大きな影響を及ぼすことができました。
日本では、誰かが世の中を変えるようなパワフルなメッセージを発信しても、対話が始まらないため、社会のコンセンサスを得ることはなく、そのアイディアが世の中に活かされない、社会の知恵にならない、と感じます。
有馬そうですね。体験を経験に、経験を知恵にというプロセスで言えば、個人として経験まではなし得てもその後に知恵として昇華し、対話を通じて、さらに組織・社会の共有財産にしていくプロセスが弱いということでしょうか。
経済や社会が複雑化する中で、グローバルにはドクターの数が増えているそうです。博士課程を修了しているということは、何等かの領域で課題を見つけ、自分なりの仮説をたて、それをさまざまな事例やエビデンスを用いて検証し、結論を導き出し、論文という形で言語化・一般化して、さらに第三者との対話等を通じた検証に耐えるという思考プロセスに習熟しているということです。
海外のマネジメント層にドクターが多いと言われる一方で、日本では就職が難しいことを理由に博士課程に進む人が横ばい或いは減少しているとの報道を見たことがありますが、このような知的訓練を積んだ、認知スキルの高い人材を活用できない企業や社会に課題があるように思います。
4. 組織全体での学びが組織の変革をもたらす
グローバル標準の知識や実践を学ぶ重要性を感じた出来事・エピソードを教えて下さい。
熊平私がHBSに入ったのは実家の会社を変革させたいという思いからでした。そのなかでも一番ありがたかった教えが「しっかりとミッションに立ち返れ」というものです。
製品やサービスは時代とともに変わりますがミッションは不変であり、そこに立ち返ることが重要という考え方を教わり、とても腑に落ちました。戦略に関しては外部の専門家に頼り、一緒に作ることもできます。しかし、ミッションに立ち返ることは、社員と共に行うべき大切なことだと学びました。
また、戦略や進むべき方向性の検討は、外部の専門家の力も借りながら検討することができますが、いざ実行するとなるとやはり、構成員全員の力を結集する必要があります。社員が、納得できる戦略でなければ、成果につなげることはできません。
HBSのケーススタディではみんなで妄想を膨らませ、話し合うだけでよかったのですが、いざ、企業変革を進める時には、社員のマインドセットを変える等、現実を動かす難しさに直面しました。しかし、たくさんのケーススタディで、様々な事例について考えたことはとても役立ちました。環境分析に始まり、計画立案後は、コンティンジェンシープランまで考える習慣も、身につきました。また、経営に必要な3C、4P、5Forces 等のフレームワークで考える習慣も、役立ちました。HBS卒業後も、ビジネスモデルを始めとする新しいフレームワークが次々と登場するので、常に学ぶようにしています。
有馬HBSではさまざまなケースを通じてそこから得られた学びを一般化・抽象化したフレームワークのコレクションが身につきます。ですので、現実の課題に直面した際には、「ここは見落としていないか」「こういう考え方はできないか」というような引き出しというか、チェックリストみたいに活用ができるのです。
このようなコレクションがあると考える時の一つのガイドラインとして利用できるため、助かりますね。
熊平フレームワークは抽象概念で、ある意味、経験とリフレクションを通して形づくられたもの。フレームワークを活用すると、抽象概念と、現実を結びつけながら自分で分析したり、考えを進化させたりすることができるようになります。
有馬熊平さんはご実家の会社の経営にあたる際にそのようなフレームワークを活用しようとされていたんですよね。私も自分の属している組織やお客様への提案等で活用してきましたが、一方でこのような抽象的な概念は、同じ言葉を使っていても本当には通じていないように感じることはありませんでしたか?
例えば、私は「マーケティング」という言葉ひとつとっても、ただの広告・宣伝だと理解している人もいて、話がかみ合わないという経験をしたこともあります。最近は、海外から輸入された概念がカタカナのまま使われることが増えてきた印象ですが、そのような言葉が生み出された文脈を理解しないと、本当の意味で理解したとは言えず、組織内での理解もまちまちなため、ベクトルがそろわないと感じています。
熊平そうですね。だから私は組織全体で学ぶ方がよいと思います。組織内の共通言語として互いにフィードバックするときも同様の視点を持てるようになると、議論がより深まると思います。
有馬労働市場が流動化している国では、コンセプトとかフレームワークが企業を超えて共有化されており、話が進みやすい面があるように感じています。
例えば、D&I(ダイバーシティ)やDX(デジタルトランスフォーメーション)。もともと欧米から来た言葉であり、適切な日本語もないからカタカナのまま使われていますね。
ということは、この言葉を生み出した土壌や共有体験が日本にはないということですから、人や企業によって理解に差があり、その結果、「とりあえずやらないといけない」から「本当の必要性を理解して取り組む」まで、レベルもまちまちです。
グローバル化という意味では、徒に流行り言葉に飛びつくのではなく、そのような概念が生まれた文化や土壌まで含めて理解した上で、自分や自社にとって有用かどうかを判断することが重要になるように思っています。
5.「多様な意見を受け付けない」「会社全体のつながりが見えていない」ことは日本企業の成長を妨げてしまう
日本の企業/組織におけるリーダーシップの課題・特徴はどのようなものなのでしょうか?

熊平先程の続きになるのですが、カタカナで表されるような新しい概念やフレームワークに対して、「なにかよくわからない」と思いながら、また、「なぜそれが必要なのか」を理解しないまま、多くの日本企業で、いきなり導入と実践が始まるというのが現状です。海外では、新しい概念やフレームワークは、文脈があって必要に応じて生まれたのであり、日本においても今なぜ必要なのか、その背景を理解することが重要です。そこまで理解した上で日本ではどのように取り組むべきかを考えるべきですね。ビジネスモデル、デザイン思考、リーンキャンパス、キャッシュフロー経営、ダイバーシティ・イクイティ&インクルージョン等の言葉が、この例に当たると思います。
有馬言葉について、HBSでは『「詩人」にでもわかるように説明しなさい。』と授業の中で教えられました。詩人というのは、十分な知性はあるけれど、その分野の専門用語は知らない人のたとえです。そうでないと本当にその概念を理解していることになりません。トヨタの「知る、わかる、できる、やる、やり続ける、教える」は有名ですが、素人に「教えられる」レベルにまで言語化するというのも一つのスキルなので、筋トレみたいに、毎日意識しながら鍛えているかどうかが大きな違いになります。
組織という点では、先日、VUCA時代のあるべき組織を「液体」の比喩を用いて説明している論文を読みました。これまでの典型的な組織は「固体」というイメージで、組織の役割分担がしっかりしていて、トップダウンで打てば、響きやすい組織といえます。一方で最近話題の「ティール組織」というのは特定のリーダーがいなくても進化を続ける自律的な組織であり、粒子が自由にブラウン運動している「気体」のようなイメージですね。
「液体」はその中間で、分子同士が緩やかにつながり、水のように器に合わせて形を変えるような柔軟な組織です。環境の変化にも柔軟に対応でき、変化の激しい昨今の時代に求められる組織形態といえるでしょう。組織形態もこのように環境や働く人々の価値観にあわせて変わっていくと考えることは大切なことだと思いました。
今後はヒエラルキーではなく、チームやプロジェクトをベースにしたより柔軟な「チーム」が主体になっていきそうです。また、液体的組織では経営陣自らが学習する人となって学習する文化を作っていくことが大事との指摘もありました。組織にあわせて制度や文化も変える必要がある中、リーダーが学び続けることは非常に大事なことです。デジタルネイティブと言われる若い世代にデジタル機器について教えてもらうリバースメンターを取り入れている企業もあるそうですが、そのような分野に限らず、自分に謙虚に向き合い、常に学び続けることはリーダーにこそ重要になってきていると実感しています。
日本の企業/組織におけるダイバーシティや女性の活躍に対する推進の動きの課題・特徴としてはどのようなものがあるのでしょうか?
熊平日本ではさまざまな意見が出ることがいいことだとあまり考えないことが多いですね。上層の方は特に自分の意見とは違う意見が出てくることに対して否定的という印象があります。
海外ではそうではなく、自分とは違う意見に対して興味を持ちます。そして、かならず、「なぜ、そう思うのか」という質問をします。意見が対立するという考えではなく、面白い考えとしてそこからも学ぼうとしており、そのあたりの姿勢が根本的に違うなと思いますね。
有馬HBSでの授業ではクラスでの発言が重視され、クラスのなかで成績が下から20%の人は単位を落とす仕組みがあるために、みんな必死になって意見を出し合います。今になって思えば、普段喋らない人をなんとか喋らせるためにやっていたことなんだなと。英語がネイティブでない外国籍の学生を25%以上にするという数値目標がありましたが、そういう学生も含めた多様な意見が本当にクラスの議論に反映されるように、そこまで考えられたシステムだったんだなと思いました。
管理職や取締役会での女性の割合を何%にするとかいう数の話だけでなく、どのくらい真剣に日本の企業が多様な意見を取り入れるように仕組みから作っているか、という点が重要です。「心理的安全性」もそのような文脈から注目されていますよね。
熊平HBSで、会社の全体像を学べたことは非常に良かった点の一つです。OJTでは、会社のすべての機能や地域を経験することは難しく、日本では、会社の様々な部門の視点を持ち、全体性を持って経営にあたっている人が少ないと思います。
有馬各部門の視点に加え、さらにその全体のつながり(システム)を見ている人は少ないですね。一つを変えたらどこに影響が及ぶか、或いは表面的に見えている課題を根本的に解決したいと思ったら、どの範囲までをどんなタイムフレームでどのように変えていくべきかを構想できる人は少ないように思います。
熊平そうなんです。だから結局ダイバーシティの推進とか、働き方改革とかみんなバラバラに取り組むんですよ。でも本当は全部ストーリーが繋がっているはずだし、繋げられるはずなのにそうしないから、みんな違うことをやっているように感じてしまうんですね。
そのため現場にはバラバラに指示が落とされていくんです。その落とし方だと、成果につながらないのですが、投げている方も、受け取る現場も、どちらもその繋がりを理解していないのだろうと思います。
有馬典型的なダイバーシティ推進の現状は、「ダイバーシティ推進室」を作って、その担当者として女性を任命する。彼女はいろいろな施策を実行しようとして頑張ってはいるが、なかなか本当の意味で組織は変わらないという感じです。「女性を活かす」ということは女性だけの問題にとどまりません。さまざまな人の潜在能力を最大限に発揮してもらうというより大きな目的の一部です。
従って根本的に取り組むためには会社の文化や制度などのあらゆることに影響するはずなのに、それを変えるつもりがなく、推進室任せになっているため、現場は大変苦労しているようです。
前述の課題に対して、先生方の現在のお取組みについて教えて下さい。

熊平 美香(2021). リフレクション(REFLECTION) 自分とチームの成長を加速させる内省の技術
熊平私はリフレクションにこだわっていて、HBSで見たリフレクションの力が日本に無いことを課題だと思っています。「リフレクションをせず、反省だけをしていること」「自己や自組織をメタ認知できていないこと」「多様性な世界に学ぶための対話ができないこと」という3つが日本がこの30年、行き詰まりから抜け出せない理由ではないかと考えています。
その3つを、死ぬ前にこの国日本にインストールしたいという思いで、あらゆることをやっており、アンラーンもその中の一環として取り組んでいます。HBSにいた時に思ったことですが、日本人は優秀です。一人ひとりのレベルは、世界の人材と比較しても決して低くなく、すごく優秀な方も多いにも関わらず組織で出せるパフォーマンスが非常に低い。
海外の企業を見ると一人ひとりのレベルが低くても組織としてのパフォーマンスが上がるように組織や仕組みがつくられていて、また、その前提としての戦略も明確です。装置がしっかりしているので、人間が活躍し易い状態です。また、成長を支援する環境があります。
日本の組織は、一人ひとりの能力の高さに依存しすぎています。また、優秀な人材に仕事が集中する傾向も有り、属人的な力が業績を支えてるように見えます。それでは、再現可能性や拡張性に限界があります。
世界では、営利企業も非営利団体も、学習する組織であることを目指しています。このため、チーム学習を通して進化し続けることも大切にしています。その前提として、リフレクションを上手に行える人がリーダーになっています。

Lecticaのwebサイトから有馬作成
有馬私は、心理学や脳の研究を通じて明らかになっている「脳が学びたいように学ぶ」方法*(Virtuous Cycle of Learning)を広めることにより、各個人が持っている可能性を伸ばし、能力を発揮することで個人も社会も豊かになっていくような働きかけができればと思っています。その中では、リフレクションやメタ認知もとても大切で、熊平さんの取り組みからいろいろと学ばせていただいています。
本来、学ぶということは人間に備わっている能力です。赤ちゃんは誰に強制もされないのに、ハイハイ、つかまり立ちとステップ・バイ・ステップでいろいろ試行錯誤を繰り返しながら「歩く」というスキルを身につけていきますよね。小さな目の前の目標を達成した時、赤ちゃんの脳の中には一種の快楽ホルモンが分泌され、それがまた次の目標に挑戦する原動力にもなります。このような「学ぶことは楽しい」「楽しいからまた次の目標に挑戦する」という内燃サイクルは、誰もが持っていたのに、学校でやるような「正解を覚えるのが学びだ」と思い込んでいるうちにすっかり錆びついてしまいました。これをもう一度取り戻して、自分自身が置かれている環境で直面する課題を解決するために必要なスキルを自ら学んでいく方法論を広めたいと思っています。そのためには、自分がこれまでどのようなスキルを磨いてきたのか、今後さらにどのようなスキルを身につけたいのかに自覚的になる必要があり、能力のアセスメントとコーチングを同時に提供しています。
「〇〇企業の○○部の~」というタイトルではなく、「私は××をしてきて、こんな能力を身につけ、今後××をやりたいんだ」ということに自覚的になった強い個人が、変化に柔軟に適応できる強い組織を作っていけるのではないかと思っています。
*Virtuous Cycle of Learning:米国の教育NPOであるLectica, Incの提唱する発達科学理論に基づく自律的学びのモデルのこと。目標設定→目標達成のための方法検討→現実課題への適用→結果の検証→検証結果を踏まえた新たな目標設定・・・のプロセスの繰り返しによる学び。背伸びすれば手が届くようなちょうど良い目標を試行錯誤を繰り返しながら達成できた時、脳の中に快楽ホルモンが分泌され、それがやる気ホルモンの分泌を促すことで、人は自律的に学ぶようにできている。
6.リーダーは「正解」を知らなくて良い‐「本質」をメタ認知することで環境の変化に対応する
日本の企業/組織におけるリーダーシップで今後求められるものとは何でしょうか?
熊平先程もお話ししましたが、日本では自分の意見とは違う意見が出てくることに対して否定的な考え方が多いといえます。意見の対立として捉えるのではなく、面白い意見として学ぶ姿勢を持つことが重要であり、その点が海外との大きな違いといえます。
有馬HBSでいろいろな価値観が対立するようなケースについて、私は中庸(落としどころ)を探そうとしていました。ただ、ケースによってはそんなものはなくて、リーダーとしてAかBかを決めなければいけない時があり、どちらの言い分も分かるだけに、こんな辛いことをするなら私はリーダーになりたくないとまで思いましたが、クラスメート達は意外に気楽に意見を述べていました。海外では極端な意見も含めてさまざまな人が多様な意見を言ってこそディスカッションのなかで一番いい結論に決まっていくという「プロセスに対する信頼感」があり、最終的には自分の意見はどうであれ、そこから導かれる結論を尊重しようと思っているのかなと今になって感じています。
リーダーは必ずしも正解がわかっている必要はなく、納得解を導き出すプロセスをデザインできるようになることが重要だと考えれば、これまでとは違ったリーダー像が浮かび上がるんじゃないでしょうか。
熊平リーダーとして活躍する人の中には、リーダーは常に正しい答えを持っていなければならないと考える人がいます。しかし、変化のスピードの早い今の時代に、持たなければならないのは「正しい答え」ではなく、「正しい問い」です。正しい問いさえ立てられれば、必ずたどり着くべき答えに到達できます。例えば、「何がお客様に提供している本質的な価値なのか」ということは、環境やテクノロジーの変化に合わせて、業務をアップデートする際にも、常に、自らに問い続けるべきものです。「今の自分や組織にとって大切な問いはなにか」も、常に問い続けることが大切です。「今、どのような問いを持つことが大切なのか」という問いに応えられることが、リーダーの重要な役割です。
有馬コロナ禍でのリモートワークの広がりや副業解禁等の流れを見ると、組織というものの境界線が流動化してきた感じがあります。だんだんとチームベースでさまざまなことをやるようになり、プロジェクト単位でリーダーシップを発揮しなくてはならなくなってきていますね。
その意味で、組織内のポジションに関わらず、誰にとってもリーダーシップはとても大事なスキルになっていると思います。自分がやりたいことのために、人をどのように巻き込んで前に進めるのか、そのためにどのようなスキルが必要なのかを意識して鍛えていくことが大切になってきています。
日本の企業/組織におけるダイバーシティ組織や女性の活躍に対する推進の動きの中で、今後求められるものは何でしょうか?

熊平日本企業も、急成長を遂げていた時代には、大部屋でみんなで協力して問題を解決するという自由闊達な雰囲気がありました。形式にも、前例にもとらわれることなく、新しいことにチャレンジしていた時代です。当時は、現場に裁量権があり、現場の力も大きかったと思います。ところが、日本企業は、海外から、株主資本主義の考え方や、ガバナンスの考え方を輸入し、その結果、組織も大きく様変わりしました。直接金融が中心だった時代から、間接金融が中心となり、海外で上場する企業も増え、物申す株主の要請に答える経営にシフトする必要もありました。
また、MBAを始めとする海外の経営手法の輸入も、1990年代から本格化しました。
例えば、日本企業は、海外に学び、成果主義という考え方を導入しました。しかし、海外では、成果主義と合わせて実践されている育成やフィードバックの習慣については輸入しませんでした。厳しい評価を行うためには、管理者は、評価を改善する目的で、メンバーを指導育成することが期待されています。しかし、日本には、この部分は輸入されなかったため、成果主義を育成につなげることができませんでした。同時に、評価者に逆らえない、忖度文化を広める結果となったのではないかと思います。
前置きが長くなりましたが、今、世界では、かつての日本企業のようなフラットでオープンな、心理的安全性が担保されていて、活気で溢れる組織を目指す動きが主流になっています。
日本企業の本来の強みに立ち返るとよいのではないかと思います。
有馬欧米諸国に追いつけ、追い越せという中では、現場に裁量権を与えつつ本部と現場というか、戦略とオペレーションがかなり近い距離で連動する方法はうまく機能していました。組織への高いコミットメントが報われるような制度や文化が接着剤となり、メンバーは長期的な視点を持ち、効率的に物事を進めていく、まさに理想的な「個体」的組織だったかも知れません。私はHBS時代にマイケル・ポーター教授の下で、日本企業がなぜ長期的視点にたった投資の意思決定ができるのかについてフィールドスタディをしたことがあります。教授は、その過程で、このような「日本的経営」の素晴らしさを評価される一方で、「柔軟性」に欠けることを当時から懸念されていました。ある環境にあまりにもうまく適合した制度や文化を創り上げてしまったことが、次の環境変化への対応を遅らせることになるのではないかとのご指摘でした。当時の私はその意味をあまり深く理解していなかったと思いますが、今思えばその懸念は的中したと言えると思います。このような考察もメタ認知のなせるところかも知れませんね。
その後競争のパラダイムが変わり、安くていいものだけでは、競争優位が保てなくなりました。新しいアイデアだったり、早く展開しながらどんどん修正していったりというような新しい組織能力が求められていますが、過去の制度や文化が逆に足かせになって、思うように変化に対応できていないように思います。特にリーダー層が過去の成功体験を持ったままでは、変化への抵抗も強くなってしまいます。日本の政策や制度は家や会社といった箱を守ることによって中の個人を守る発想が強いように思いますが、その箱自体が荒波の中で沈んでしまうのでは意味がありません。箱の中の人も、一旦外から箱を眺めて、いつまでもこの箱の中にいるのがいいのか、自分を開いて考えてみることが必要だと思います。
熊平海外は本当に信じられないぐらい変化が早く、今日では、社内の人間関係においても、ビジネスライクではなくパーソナルな関係性が望ましいと言われています。イノベーションを実現するためには、そのほうがよいと考えられています。
これは昔のワイワイガヤガヤやっていた頃の日本に近いといえますが、日本では消えてしまいましたね。
有馬そこが抽象化とつながるのですが、日本ではワイガヤを無自覚にやっていました。野中郁次郎先生のSECIモデルはそのプロセスを抽象化し言語化したモデルだと思いますが、海外ではそのような抽象化、言語化の試みはより盛んにおこなわれているように思います。2018年に再留学した際に気づいたことの一つは、耳慣れない「**リーダーシップ」という概念が沢山産まれていることでした。(Authentic Leadership, Adaptive Leadership, Advanced Leadership, Goddess Leadership等々)色々な企業のケーススタディから抽象化、一般化できる法則を見つけ出し、それを意識的に学ぶことで今の環境に相応しいスキルを身につけ、現実の課題に適応していこうとする。この「具体」と「抽象」の行き来が個人・企業・学校・社会の枠を超え、あらゆるレベルで行われていることがアメリカの強みではないでしょうか?日本ではコンテクストが変わってもそれまでのやり方を続けてしまっていますが、本当はそのコンテクストを理解し、スキルやさまざまな制度に対して自覚的であれば、「コンテクストが変わったので変えよう」という発想ができるのですが。
ただ、人間は何歳になっても変われます。発達心理学でいう発達や成長とは自分が持っているレンズをどんどん広角なレンズに付け替えていくイメージです。視座を高くして見る範囲を広くしていき、構造を俯瞰して理解していくという能力が求められますが、そのような能力を訓練する方法も私の今の活動を通じて広めていきたいと思います。
熊平自らをメタ認知しないまま、押し寄せる変化の要請に答えようとしていますが、実は、自分を変えようとしていないので、本当の意味で変化を成功させることはできません。しかし、変化を起こそうと努力する結果、部分的な変化が生まれ、これまで、うまく行っていたことも、壊れていく可能性があります。
前提のものの見方を変えないで行動だけを少し変えてもやはり無理です。今の時代の変化は、パラダイムシフトであり、前提が覆されているわけですから、人間も、価値観やものの見方を変えていく必要があります。
しかし、そういうことにすら気づいていない、ということが大きな課題でしょう。
有馬その気づきを促すためにもアセスメントが重要と考えています。そもそも自分のレンズがどのようなものなのかに気づくところからはじめることで、違うレンズに変えるにはどうしたらいいかという実践的な学びが活きてくると思っています。
熊平自己をメタ認知し、自己をアップデートすることが、今リーダーに求められている最も大切なことではないでしょうか。

ハーバード大学経営大学院でMBAを取得後、金融機関金庫設備の熊平製作所・取締役経営企画室長などを務めたのち、日本マクドナルド創業者・藤田田に弟子入りし、新規事業立ち上げや人材教育の事業に携わる。 独立し、株式会社エイテッククマヒラを設立。GEの「学習する組織」のリーダー養成プログラム開発者と協働し、学習する組織論に基づくリーダーシップ、チームビルディング、組織開発を軸にコンサルティング活動を開始。
昭和女子大学ダイバーシティ推進機構キャリアカレッジでは、会員企業40社の女性活躍推進、働き方改革の支援を行う。クマヒラセキュリティ財団 代表理事、Learning for All 理事、未来教育会議代表なども務め、教育改革の促進、社会起業家の育成、教育格差是正など幅広い分野で活動。2015年、株式会社ライフルと共働し21世紀学び研究所を設立し、企業と共にニッポンの「学ぶ力」を育てる取り組みを開始。同研究所では、経済産業省が2018年に改定した社会人基礎力の中に、リフレクションを盛り込む提案を行った。
文部科学省国立大学法人評価委員会委員、文部科学省中央教育審議会委員、内閣官房教育再生実行会議 高等教育ワーキンググループ委員、経済産業省未来の教室とEdTech研究会委員、放送大学学園評価委員会委員、青山ビジネススクール評議委員会委員、ハーバード・ビジネススクール・グローバルアドバイザリーボード メンバー 等を務める。

みずほグループに32年間勤務、女性として始めて社内公募に合格し、1993年にハーバード大学経営大学院でMBAを取得。銀行やグループ証券会社で、コーポレートファイナンス、売掛債権や住宅ローンを活用したアセットファイナンス、M&Aアドバイザリー、中小企業向けの融資商品の企画・開発・推進、海外進出サポート等、銀行の法人顧客に対する高度なコンサルティング・金融ソリューション提供業務を幅広く経験。国内営業店長、本部組織の部長、女性初の執行役員として組織マネジメント経験豊富。
ソーシャルセクターとの連携による社会イノベーション創出にも関心を持ち、ソーシャル・インパクト・ボンド組成、社会起業家へのインパクト投資斡旋を手掛ける。
2018年にHarvardのAdvanced Leadership InitiativeにFellowとして再留学、人間の発達や成長について研究する発達心理学に興味を持ち、その理論を活用したリーダーシップスキル育成プログラムを展開中。
現在、株式会社西武ホールディングス、株式会社高島屋含む複数の企業の社外取締役をつとめている。