【有限責任監査法人トーマツ IFRSアドバイザリーグループ シニアマネージャー 公認会計士 川井 圭介氏】
今回(第16 回)は前回に引き続き金融商品会計のうち、金融負債およびデリバティブ・ヘッジ会計の重要論点についてご紹介します。これらの分野には、特に金融業において重要な影響を及ぼす様々な論点が含まれていますが、ここでは一般事業会社の経理実務を念頭においた重要な論点に絞ってご説明します。
1. 金融負債の測定
(1)IFRSと日本基準の差異
日本基準では、買掛金、借入金、社債等の金銭債務は、社債を割引発行した場合等を除き債務額で計上することとされています。
一方IFRSでは、金融負債はまず、(1)償却原価で測定されるもの、(2)公正価値で測定されるものの2つに分類された上で、それぞれについて異なる取扱いが求められます。(1)は当初認識時は公正価値(通常は発行価額等)から社債発行費などの取引費用を控除した金額で測定し、その後は毎期末において償却原価で測定されます。(2)は当初認識時およびその後において公正価値で測定されます。なお、一般事業会社では金融負債は通常、デリバティブ負債を除き(1)に分類されると思われます。
実務上、日本基準とIFRSで異なる取扱いが求められる重要なものとして長期借入金と社債が挙げられます。これらはIFRS上、社債発行費などの発行時にかかるコスト(取引コスト)を控除した金額で計上することが求められます(上記(1)を前提としています)。一方、日本基準ではこれらのコストは発生時に費用処理(社債発行費は繰延処理も可)されますので、IFRSでは当初の負債計上 額が少なくなります。このコストはIFRS上、償却原価測定を通じてその後の負債の返済・償還期限までの期間にわたって財務費用として計上されます。
なお、償却原価算定方法においても基準差異があります。日本基準では償却原価は利息法(実効金利法とほぼ同じ)を原則としますが、継続適用を条件に定額法も認められています。一方、IFRSでは実効金利法(利息法とほぼ同じ)にもとづいて行わなければならず、定額法は認められていません。
(2)実務に与える影響
このように、発行時の負債計上額は発行時の取引コストの分だけ少なくなり、取引コストは負債の返済・償還までの期間に配分されます。この期間配分は「実効金利法に基づく償却原価」によって行わなければならず、日本基準で容認されている定額法と比較して複雑な計算が必要となります。したがって、有利子負債を多く発行している企業では実務負担の増加への対応を検討する必要があります。
2.金融負債と資本の区分
(1)IFRSと日本基準の差異
日本基準では、金融負債の範囲は「支払手形、買掛金、借入金及び社債等の金銭債務並びにデリバティブ取引により生じる正味の債務等」とされています。
一方IFRSでは、金融負債は次のいずれかを満たすものとして定義されています。
A) 他の企業に現金等を支払う義務(営業債務、借入金、社債等)または金融資産(負債)を他の企業と潜在的に不利な条件で交換する義務(売建金融オプション等)。
B) 自己株式等で決済されるもので次のいずれかであるもの(新株予約権等)
1)自己株式等を引き渡すデリバティブでない義務(引き渡す自己株式等の数が確定していないもの)。
2)現金等と引き換えに自己株式等を引き渡す義務のあるデリバティブで、引き渡す自己株式等の数と受け取る現金等金額のいずれかが確定していないもの)。
(2)実務に与える影響
このように、日本基準とIFRSでは金融負債の範囲に関する規定の仕方が異なっています。これによって具体的な取扱いが異なる可能性のある金融商品として、発行優先株式が挙げられます。
優先株式は、日本基準では資本として取り扱われますが、IFRSでは上記の金融負債の定義に照らして負債か資本かの判断が必要となります。例えば、発行側に償還義務のある優先株式は上記A)の「他の企業に現金等を支払う義務」があるため負債として取り扱うことになります。また、償還期限のない場合でも配当等の支払い義務がある場合には、実質的に調達資金を払い戻すものとして負債と判断される場合があります。
優先株式の資本・負債区分は、契約条項の内容によっては判断が難しい場合もあるので、これらの内容を検討した上で個別に判断する必要があります。
3.デリバティブの範囲
(1)IFRSと日本基準の差異
デリバティブの範囲については、IFRSと日本基準で若干の相違があります。日本基準では、以下のすべての特徴を有する金融商品をデリバティブと定めています。
A) その権利義務の価値が金利・為替相場等の「基礎数値」の変動に応じて変動し、かつ、想定元本か固定決済金額のいずれか(あるいは両方)を有する契約である。
B) 当初純投資が不要または僅少である。
C) その契約条項により純額(差金)決済を要求又は容認し、契約外の手段で純額決済が容易にできる。
一方IFRSでは、以下のすべての特徴を有するものと定めています。
A) その価値が金利・為替相場等の「基礎数値」の変動に応じて変動する。
B) 当初純投資が不要または僅少である。
C) 将来のある日に決済される。
両者の重要な差異は、日本基準では純額決済されるもののみデリバティブに含まれますが、IFRSでは純額決済されないものもデリバティブに含まれる点にあります。このため、日本基準と比較してIFRSの方がデリバティブに含まれる取引の範囲が広くなっています。
(2)実務に与える影響
上記の範囲の違いにより、IFRS導入によって新たにデリバティブとして取り扱う必要のあるものが生じる可能性があります。IFRSを導入する場合は、自らの行う取引のうちデリバティブに該当する可能性のあるものを洗い出す作業を行うことが望まれます。
4.ヘッジ会計
(1)IFRSと日本基準の差異
ヘッジ会計の会計基準は日本基準とIFRSの間で様々な相違点がありますが、一般事業会社において影響が大きい項目としては下記3点が挙げられます。
A) 為替予約等の振当処理
日本基準では、外貨建取引に為替予約等を付しており、これらの関係がヘッジ会計の要件を満たす場合には、原則的なヘッジ会計の会計処理の他にいわゆる「振当処理」と呼ばれる簡便的な会計処理を行うことが(当面の間)認められています。IFRSではこのような簡便法の定めはありませんので、原則的なヘッジ会計の処理を行う(又はヘッジ会計を適用せず為替予約をデリバティブとして会計処理する)必要があります。
B) 金利スワップの特例処理
日本基準では、ヘッジ対象の金融資産(負債)とヘッジ手段の金利スワップの契約条件(想定元本、利息の受払条件、契約期間)がほぼ同一であれば、金銭の受払の純額を利息として処理する方法(特例処理)が認められています。IFRSではこのような定めはありませんので、原則的なヘッジ会計の処理を行う(又はヘッジ会計を適用せず金利スワップをデリバティブとして会計処理する)必要があります。
C) 有効性評価
日本基準では、ヘッジ対象とヘッジ手段の重要な条件が同一である場合には有効性の判定を省略することが認められています。例えば上記A)では、ヘッジ対象である外貨建取引とヘッジ手段である為替予約の想定元本、通貨、決済時期等が同一であれば、高い有効性があるものとして改めて有効性判定を行わないことが認められます。また、B)の特例処理の要件を満たすものは、当該要件を満たすことの判定をもって有効性判定に代えることができます。
一方、IFRSではこのような容認規定はありませんので、原則に従って事後の有効性判定を行う必要があります。
(2)実務に与える影響
為替予約等の振当処理及び金利スワップ特例処理は、日本の実務において広く採用されています。IFRSでは上記の通りこれらは認められませんので会計処理を変更する必要があります。上記A)、B)においては、ヘッジ手段である為替予約又は金利スワップを期末に公正価値評価し、(ヘッジ会計を適用する場合には)これを繰延べる処理が求められます。また、日本基準の容認規定に従って有効性判定を省略していた場合は、IFRSの要求に従って新たに有効性判定を継続的に行う必要があります。
5.基準の改訂動向
2010年12月、IASBは公開草案「ヘッジ会計」を公表しました。この公開草案は、ヘッジ会計が企業のリスク管理活動により合致したものとなることを志向するもので、従来の複雑なヘッジ会計基準を原則主義に基づくシンプルかつ柔軟性のある会計基準へ変更することを意図しています。
具体的な変更点としては、(1)ヘッジ有効性判定における定量基準(80%~125%)及び遡及的評価の廃止、(2)公正価値ヘッジの会計処理をキャッシュ・フロー・ヘッジにより近い処理へ変更、(3)特定のキャッシュ・フロー・ヘッジに対して「ベーシス・アジャストメント」の会計処理を強制、(4)リスク管理目的が変更されない限り、ヘッジ関係の任意に指定解除はできない等が挙げられます。
この公開草案は、2011年3月9日を期限としてコメント募集を行い、更に追加的な論点(ポートフォリオ・マクロヘッジ)の検討を行った上で、2011年6月までに新たな基準書を公表することを目指しています。
第17回に続く
文中意見にわたる部分は執筆者の個人的な見解であり、執筆者の属する組織の公式な見解ではありません。