【有限責任監査法人トーマツ IFRSアドバイザリーグループ シニアマネージャー 公認会計士 川井 圭介氏】
今回(第15回)と第16回は、金融商品会計に関する重要論点ついて解説します。第15回は金融資産、第16回は金融負債およびデリバティブ・ヘッジ会計論点に関して、IFRSと日本基準の相違や実務への影響、更には会計基準の最近の改訂動向をご紹介します。
なお金融商品会計は現在、改訂作業が進行中であり、従来のIAS第39号「金融商品:認識及び測定」はIFRS第9号「金融商品」へ段階的に置き換えられています。IFAS第9号は2013年1月1日以後開始する事業年度から強制適用(早期適用可)となり、現時点では認識・測定の一部の領域でこれら2つの基準が並存している状態です。この部分に関して、本稿ではIFRS第9号を前提としてご説明致します。
1. 金融資産の分類と認識・測定
(1)IFRSと日本基準の差異
日本基準では金融資産の貸借対照表価額については、債権・有価証券・運用を目的とする金銭の信託・デリバティブ取引により生じる正味の債権の4つに分けて規定されています。これに対して、IFRSではすべての金融資産を当初認識時点で一定の判定基準に基づき、1.毎期末に償却原価で測定するもの 2、毎期末に公正価値で測定するものの2つに分類し、それぞれについて当初認識後の測定方法を定めています。
上記2分類の判定フローは以下のとおりです。
このように、金融資産を分類する際には「事業モデルテスト」「キャッシュ・フロー・テスト」という2つの判定を行う必要があります。
事業モデルテストとは、企業がその金融資産を保有する目的によって資産を分類するものです。例えば、企業が有価証券を他社へ売却するために保有している場合は上記判定フローは「NO」となりますが、売掛金を期日に回収するために保有している場合は「YES」となります。
キャッシュ・フロー・テストとは、金融資産の契約条件によって資産を分類するものです。例えば、一定の日に元本残高に対する利息支払いと元本返済を受ける貸付金は、上記判定フローで「YES」となり償却原価で測定されます。一方、株式への転換権が付された債券を保有している場合、当該債券の対価(利息や償還額)は株式価値にも連動するため「NO」となり公正価値で測定されます。
なお、保有株式については上記の判定基準に従って「毎期末に公正価値で測定するもの」に分類されますが、一部の株式(トレーディング目的等)を除き、その評価差額を当期の損益として表示するか、損益ではなく「その他の包括利益」として表示するかを選択することができます。
(2)実務に与える影響
日本基準では金融資産の分類に関して判断に迷うことは少なかったと思われますが、IFRSでは上記(1)で述べた「事業モデルテスト」「キャッシュ・フロー・テスト」に関して、保有する金融資産の内容によっては判断が難しいものも想定されます。各企業はあらかじめ自社の実態を踏まえた判断基準を検討しておく必要があります。
また、保有株式は公正価値で測定することになりますが、この評価差額を損益とするかその他の包括利益とするか判断が求められます。毎期の損益変動を避けて後者を選択した場合、売却損益についてもその他の包括利益に表示されることに注意する必要があります。
更に、保有株式の公正価値測定は上場株式のみならず非上場株式にも求められますので、実務上の対応方法を検討する必要があります。
2.金融資産の認識の中止
(1)IFRSと日本基準の差異
認識の中止とは、金融資産の売却や決済等によって帳簿から外す(オフバランスする)ことをいいます。認識の中止が具体的に問題となるのは、債権流動化等により金融資産を他社へ譲渡した場合、会計上必ずしも認識を中止できないケースがあるためです。
例えば、ある企業が売掛債権を金融機関へ譲渡し、この売掛債権が貸倒れた場合には企業が金融機関の損失を補填するという条件を付したとします。日本基準では、このような売掛債権の認識の中止は、譲受人の売掛債権に対する権利が譲渡人から法的に保全されているかどうかによって判断します。一方IFRSでは、売掛債権の貸倒リスクが金融機関へ移転していないため、売掛債権の認識の中止は行わず、当該債権を担保とした借入として会計処理を行います。
(2)実務に与える影響
上記(1)で述べたような債権流動化を行っている場合、債権残高をバランスシートから外すことができなくなり、財務比率に大きく影響することが考えられます。これを回避するために、場合によっては流動化スキームの再検討や資金調達政策の見直しが必要となる可能性があります。
3.金融資産の減損
(1)IFRSと日本基準の差異
日本基準では、一般債権・貸倒懸念債権・破産更生債権の区分ごとにそれぞれ定められた方法により処理します。また有価証券に関しては、時価または実質価額が著しく下落した場合は、回復の可能性のある場合を除き減損処理を行います。
一方IFRSでは、上記1.でご説明した2分類によって「毎期末に償却原価で測定するもの」に分類された金融資産について、減損が生じている客観的証拠の有無を個々に判断し、必要な資産に対して減損損失を認識します。この「客観的証拠」はIAS第39号に例示されており、例えば債務者の財政的困難、支払不履行・遅延等が挙げられています。
このようにIFRSでは金融資産の2分類を前提として、毎期末に償却原価で測定される金融資産のみ減損判定を行います。従って、保有株式を初めとした毎期末に公正価値で測定される金融資産は減損を行わないことになります。日本基準では上場株式に関しても減損判定を行い、減損を行う場合は純資産に表示された評価損益の累計額を損益へ振り替える処理を行いますので、この点でIFRSと差異があります。
(2)実務に与える影響
債権に対する貸倒引当金に関しては、現行の自社の実務がIFRSの規定に照らして妥当であるかどうか検討する必要があります。特に、一般債権に対して過去の貸倒実績率を適用して貸倒引当金を設定している場合、これがIFRS上も認められるかどうか検討が必要です。
有価証券に関しては、IFRS上「毎期末に公正価値で測定するもの」に分類された場合は減損は行わないことに注意する必要があります。
4.基準の改訂動向
金融資産の認識・測定に関する改訂は、2009年11月に公表されたIFRS第9号「金融商品」によって収束し、今後の改訂予定はありません。
金融資産の認識の中止に関しては、従来の基準は複雑で実務への適用は難しいとの批判があり、2009年3月に公表された公開草案の中で代替案が提案されていました。しかしその後2010年6月、IASB(国際会計基準審議会)は認識の中止に関する検討を少なくとも2011年6月までは行わないことを決定し、現時点では検討の方向性は定まっていません。
金融資産の減損に関しては、世界的な金融危機を受けて従来の減損会計に対する批判が高まり、これに対応するために基準の改訂が検討されています。これは、従来の基準ではいわゆるトリガーイベント(上記3.で述べた「客観的証拠」)の発生を待って減損損失が認識されるため、認識タイミングが遅くなるという批判です。これに対して2009年11月に公表された公開草案「金融商品:償却原価及び減損」において、将来発生が予想される損失についても減損の見積りに含める方法(これを従来の発生損失モデルに対して期待損失モデルといいます)が提案されています。現在IASBは2011年1月に公開草案を再度公表し、2011年第2四半期(4月~6月)に最終基準を公表することを予定しています。
第16回に続く
文中意見にわたる部分は執筆者の個人的な見解であり、執筆者の属する組織の公式な見解ではありません。