【有限責任監査法人トーマツ エンタープライズリスクサービス部 パートナー 公認会計士 結城 秀彦氏】
前回(第17回)までは、財務諸表の各領域についてIFRS導入が財務諸表にどのような影響を与えるかについて見てきました。
今回からは、趣向を変えてIFRS導入が企業の体制に与える影響を見て行きます。
まずは財務諸表の作成やそのために整備運用される内部統制に与える影響について考えてみたいと思います。
1. 内部統制とは何か
内部統制とは、業務の実施が目的に適うように影響を及ぼす行為であるとされ、また、業務の実施者の態度等に影響を及ぼす有形無形の要因を含むものとされています。また、しばしば業務に付随して、または業務に組み込まれて実施されます。目的を設定して実施される行為やプロセス(一連の行為)のほとんどは、内部統制であり、プロセスの整備運用と一体として内部統制は整備運用されることとなります。
2.IFRS導入が内部統制に与える影響
このように、内部統制は目的や業務(プロセス)の存在を前提としています。IFRSの導入対応にあたって、目的とは「IFRSに準拠すること」であり、また、内部統制の前提とする業務プロセスとは「財務諸表作成のプロセス」、すなわち、情報を入手し、仕訳処理を行い、帳簿または精算組替表への記録を行い、財務諸表を作成して開示する行為であると考えられます。
したがって、IFRS導入は、今までに整備運用している「日本の会計基準に準拠するように財務諸表を作成するための内部統制」を見直し、「IFRSに準拠するように財務諸表を作成するための内部統制」を変革する影響をもたらすこととなります。
(1)広範な領域におけるプロセスおよび内部統制の見直し
IFRS導入の本質は新会計基準の導入です。
IFRS 導入によって、財務諸表の広範な会計領域に、今までとは異なる、あるいは新たな会計基準を適用することとなります。また、今までの会計基準または慣行と比較して差異の生ずる部分を識別し、会計処理の変更を行うことになります。また、そのためには、今までのプロセスや内部統制を見直し、必要な内部統制を新たに整備し直すことが求められます。
このような新会計基準の導入に対するプロセスおよび内部統制の見直しは目新しいものではありません。今までの日本の会計基準においても従来のプロセスの一部または全部を活用しつつ、新会計基準と今まで実施していた会計基準との差異について新たなプロセスを整備運用して接合することは、行われてきたところです。
このように、IFRS導入によるプロセスおよび内部統制の見直しや新設は我々の経験していない未知のものではありません。しかし、IFRS導入はその影響が財務諸表の広範な領域に及び、多数の新会計基準が一斉に適用されます。また、その結果として、IFRS適用によって変更すべきプロセスや内部統制と、従来のまま実施を継続する内部統制がモザイクのように混在することとなります。
このようなIFRS導入の財務諸表作成プロセス・内部統制に与える影響を勘案すると、前回までこの特集で取り上げてきたIFRS のうち、自社の財務諸表に影響を及ぼすものを識別し、これに対応して変更すべきプロセスや内部統制を適切に識別し、これらを整備運用することが、IFRS導入に当たっての各企業の課題となるものと思います。換言すれば、現行プロセスとの差異を補充し、補充したプロセスに係る内部統制の整備運用を実施することが求められると言えましょう。
IFRS導入の自社影響の分析プロジェクトを実施している企業においては、どうしてもその主眼を損益インパクトの把握に置きがちになりますが、そのプロジェクトの対象を会計基準や損益の差異(インパクト)のみにとどめず、プロセスや内部統制の差異を分析するものへ深化させる必要があると考えます。
(2)IFRSに準拠した財務諸表作成プロセスの新たな整備
IFRS財務諸表作成に係る内部統制の整備運用に当たって、日本の上場企業は財務報告に係る内部統制報告制度(いわゆる内部統制の評価及び監査の制度)への対応における経験を活かすことができるでしょう。
しかし、留意しておかねばならないのは、内部統制報告制度の場合と異なり、IFRS導入に当たっては、未だ存在しないIFRS財務諸表作成プロセスの新たな整備から始めなければならず、これに併せて(同時並行して)内部統制を整備し、運用していくこととなることです。内部統制の前提となる日本の会計基準に基く財務諸表作成プロセスが曲がりなりにもすでに存在していた内部統制報告制度への対応とは状況が異なることをよく理解しておくことが必要です。
(3)IFRS の連結先行導入に対応したプロセスの整備
プロセスおよび内部統制を整備する上では、IFRS導入が連結財務諸表(連結F/S)に先行適用されることを考慮しておくことも必要です。
グループ連結会計方針を共通語(英語等)に定めた上で、各連結会社(複数国に所在)の個別財務諸表(個別F/S)に適用される会計基準とIFRS の差異がどこにあるのか、誰がどのタイミングでIFRSに基づく修正処理を実施するか、次のいずれかのプロセスを採って内部統制を整備する必要があります。
●現地基準による個別F/S→個別F/S のIFRS修正→連結処理+連結F/S のIFRS修正
●現地基準による個別F/S→連結処理→連結F/S および個別F/S のIFRS修正
●IFRSによる個別F/S(親会社含む)→連結処理→連結F/S のIFRS修正
なお、個別F/S に係るIFRS修正を誰がいつ行うのかについては、各国のコンバージョンとアドプションの状況を勘案して決定することが肝要です。
3.IFRSに準拠した財務諸表作成のための内部統制の整備と運用
(1)統制活動、日常モニタリング等の整備と運用
IFRSに準拠した財務諸表を作成するための内部統制の整備は、統制活動→日常モニタリング→情報伝達→IT への対応等の基本的要素を勘案しながら、例えば次の観点から実施していくこととなるでしょう。
●所定の情報を所定の作成者が、所定の報告受領者に所定の期限までに報告することを定め、それが遵守されているかどうか確かめる。
●IFRS関連仕訳の作成者、承認者を特定するとともに、特定者のみが仕訳処理していることを確かめる。
●特定者のみが組替精算表への記録(入力)や勘定科目の追加等を行っていることを確かめる。
●自社に適用されるIFRSチェックリストを用意し、作成された財務諸表がIFRSに基づき開示されているか確かめる。
(2)独立モニタリング、リスク評価、統制環境等の整備と運用
上記の統制活動等に対して、内部監査のような独立的な立場からのモニタリングを整備し、また、リスク評価の内部統制を整備し、財務諸表の誤りを犯しやすい領域を識別し、モニタリングの焦点を絞るように図ることも必要となります。
とくにリスク評価の内部統制を整備する上では、本番導入の前にドライラン(予行演習)として、IFRS財務諸表の作成と内部統制の運用を行い、財務諸表の誤りを犯しやすい領域を識別し、また、業務に適用されていない、あるいは運用されていない内部統制を識別し、リスクの評価と対応に活用することが有益であると思われます。
なお、例えば、IFRS導入後、その改訂に継続的かつ適時に対応し、プロセスや内部統制の見直し(入手すべき所定の情報や関連仕訳、チェックリスト等の見直し)を自律的に実施するにはIFRSの動向についての情報入手や教育機会の確保が不可欠です。
IFRS財務諸表作成のプロセスおよび内部統制の全体としての自立的かつ円滑な整備および運用には、統制環境の整備にも配慮しておく必要があることを最後に付言しておきたいと思います。
第19回に続く
文中意見にわたる部分は執筆者の個人的な見解であり、執筆者の属する組織の公式な見解ではありません。